オーケストレーターとは
音楽におけるオーケストレーターにはさまざまな定義がありますが、
簡潔に言うと、
「作曲家が作ったメロディに対して編曲を施して、
オーケストラで演奏できるスコアを作成する職務を担当する人物のこと」
となります。
オーケストレーターが登場した最初期
デヴィッド・バトラー監督映画「サニー・サイド・アップ」 (1929年)には、
「ヒューゴ・フリードホーファー」(1901-1981)が
オーケストレーターとして入っていた記録が残っており、
この作品かその前後が最初期だと思われます。
ヒューゴ・フリードホーファーは作曲家としてだけでなく、
「マックス・スタイナー」(1888-1971)や
「コルンゴルト」(1897-1957)と組んで
オーケストレーターとしてもその手腕を発揮した人物。
また、
ミシェル・シオンによる「映画の音楽 LA MUSIQUE AU CINEMA」という書籍には
次のような記述があります。
多くの無声映画で、ポピュラー音楽とクラシック音楽の編曲が意味もなく、
また明確な効果もなく、問題なく共存して入れ替えられたのに、
「ジャズ・シンガー」以来、「ジャズ」と「クラシック」、
あるいは「俗」と「聖」の間に強調される音楽のコントラストの力は、
ストーリーの鍵、登場人物が陥るジレンマのテーマとなる。
(抜粋終わり)
アラン・クロスランド監督映画「ジャズ・シンガー」(1927年)の後くらいから
編曲技術がより求められるようになってきたのではないかと読み取れます。
サニー・サイド・アップとはわずか2年差。
いずれにしても、
「トーキーの登場」と「映画音楽表現の発達」は関連性が高いはずです。
オーケストレーターのクレジット
コンサート音楽、映画音楽をはじめ、
さまざまな場面でオーケストレーターは必要になってきます。
日本において、
コンサートに比べると映画音楽では
オーケストレーターのクレジットが入る機会がかなり少ない印象。
エンドクレジットで「音楽制作協力」などといったクレジットで紹介されることは
近年多く見られるようになってきました。
ちなみに、
ハリウッドの映画では
オーケストレーターがエンドクレジットで入っていることが通常で、
場合によってはレコーディングに参加した演奏ミュージシャンの名前も入っています。
(日本でもゼロではありません。)
劇音楽作曲家の「ジェームズ・ホーナー」(1953-2015)などは、
自身が作曲家とオーケストレーターを兼ね、
オーケストレーターのところに自身の名前も連ねている作品があります。
クレジットが入る場所は、
◉ サントラ盤のブックレット
◉ 派生作品(公式ガイドブック など)
これらをはじめとし、プロジェクトにより様々。
また、「歌もの」などの分野では
「アレンジャー」として日本でも根付いているものがありますが、
「リズムトラックを作るアレンジャー」と
「オーケストラサウンドを作るアレンジャー」
が別にいるケースも。
「ストリングスアレンジのみ別のアレンジャー」
という例が特に多い印象で、
私自身もストリングスアレンジのみの依頼を受けた経験があります。
アレンジャーの方が広義で、
「アレンジャーという括りのイチポジションがオーケストレーター」
とする考え方もできます。
オーケストレーターのチーム
アメリカの映画音楽のスタイルでは、
約8割がた「作曲家+オーケストレーター2,3人」で入るのが通常。
作曲家がオーケストレーターの役目も兼ねて
一人で作曲からオーケストレーションも完結するケースは
日本の方がずっと多い割合になります。
これは、これまでの文化と制作予算が主な理由にあります。
「作曲家+オーケストレーター2,3人」というのはつまり、
作曲家とオーケストレーターは大抵「チーム」になっているということ。
「この作曲家には、毎回このオーケストレーターが入る」
というのが決まっています。
「ピート・アンソニー」(1963-)など、
オーケストレーターとして有名になっている方も。
ピート・アンソニーは、
「クリストファー・ヤング」(1957-)や「ダニー・エルフマン」(1953-)
などの作曲家の作品を多く手掛けています。
ちなみに、ピート・アンソニーは、
◉ On the Track: A Guide to Contemporary Film Scoring (English Edition)
著者 Fred Karlin, Rayburn Wright
出版 Routledge 出版年 2002年
という書籍の中で、
自身の仕事のスピードについて語っています。
(以下、抜粋 / 概ねの訳)
1日に30ページ進んだことも数回あるが、少ない時には5-6ページだった。
通常は10-15ページ、できれば20ページを目指す。
これだけこなすのに8時間では済まない。
(抜粋終わり)
この書籍については、
以前に別の記事でご紹介しています。
「映画音楽の辞書的な参考書籍」
個人の作曲家とではなく、
オーケストレーション・スタジオとチーム体制をとるケースも。
オーケストレーターの制度を否定していた人物で、
チーム体制をとらずに全部自身でこなしていました。
「ジェリー・ゴールドスミス」(1929-2004)は
オーケストレーターにきちんと指示を出して質を下げないようにした上で、
感情的にはより緩やかになって後年までやっていたそうです。
(元アシスタントの知人による情報)
オーケストレーターに求められる力
オーケストレーターに求められる要素として
「音楽語法を通訳する能力」があります。
オーケストレーターは
多くの場合「クラシック音楽」で育ってきた方が多いですが、
例えば「ダニー・エルフマン」(1953-)などは
「ロック音楽」が根底にあるので
その場合は、
ロックの語法とオーケストラの語法の通訳的なことをする必要が出てきます。
オーケストレーター自身が「元の曲をきちんと理解できる」ということが重要で、
どんなジャンルでも、どんな楽曲でも、
「ここはこういうフィーリングだから、こういうオーケストレーションでいけばいい」
などと変換していく知識がないと難しく、非常に職人的。膨大な知識が必要。
「MIDIオーケストレーター」という近年増えてきたポジションでは
「通訳する能力」の意味合いが異なってきます。
【伝統的なオーケストレーターとの役割の比較】
作品のレコーディングでは
作曲家ではなくオーケストレーターが指揮をするのが通常ですので、
「指揮をする能力」も求められます。
その他必要な能力としては、
(スケッチ自体がMIDIデータのみで渡されることも多いため)
◉ サンプルライブラリーの扱い(MIDIオーケストレーターの場合)
◉ コミュニケーション能力(作曲家とだけではなく、チームのオーケストレーターとも)
etc…
作曲家から渡される譜面の状態
作曲家から渡されたオーケストレーション前の譜面というのは、
言ってみれば「ガイコツ状態」。
足りない部分は補ってオーケストレーションしていきます。
一方、作曲家によって元の譜面の情報量はさまざまで、
現代より年代が前にさかのぼるほど、
作曲家自身の元の譜面に対する書き込みが多い傾向にあります。
現在のようなデモを出す慣習が無かったために譜面で多くを伝えたのでしょう。
ジェリー・ゴールドスミスは、
「木管楽器の部分」「金管楽器の部分」などと大きなセクションごとに分けて
スケッチを作っているので、
オーケストレーターがやることは少なくほぼ解体していくだけ。
いわゆる「フィルムスコア(リング)」の場合は、
スケッチ自体がタイミングを合わせるところなどの「メモの役割」も果たします。
さまざまな作曲家のスケッチが載っている参考書籍があり、
以前に別の記事で紹介しています。
「映画音楽の辞書的な参考書籍」
ジョン・ヒューストン監督映画「火山のもとで」(1984)の音楽など、
楽曲によっては「スケッチ」だけでなく
「オーケストレーション後のスコア」も載っているので
見比べてみることができます。
作曲家とオーケストレーターとの関係
オーケストレーションにあたっては
基本的に作曲家が作ったメロディは変えないことが原則ですが、
それ以外の書き込みに対しては
一音でも変更する部分がある時、必ず相談するというわけではありません。
作曲家とオーケストレーターとの信頼関係もあるので
ある程度は任せたり任されたりといった場合も多くなります。
オーケストレーション前のデモが聴ける市販媒体
ヘンリー・セリック監督映画「ナイトメアー・ビフォア・クリスマス」(1993年)
のサウンドトラック盤のうち特定のエディションには、
「オーケストレーション前のデモ」と思われるトラックも収録。
デモは4曲も収録されており、
ダニー・エルフマンが
自身で詞を書いて歌を歌って多重録音をしているトラックもあります。
◉ ナイトメアー・ビフォア・クリスマス
スペシャル・エディション・オリジナル・サウンドトラック(初回限定盤)
クリス・バック、ジェニファー・リー監督映画「アナと雪の女王」(2013年)
のサウンドトラック盤のうち特定のエディションにも、
「ピアノで弾いてその場でマイクで録ったような音がする歌のデモ」や
「スコア(劇伴)のデモ」が収録されています。
スティーヴン・スピルバーグ監督映画「E.T.」(1982年)
のBlu-rayのうち特定のエディションには、
特典として
スティーヴン・スピルバーグとジョン・ウィリアムズとの
スケッチ段階でのやりとり映像が収録されています。
◉ E.T.コレクターズ・エディション(初回限定生産) [Blu-ray]